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2011年3月

2011年3月30日 (水)

三河散策・松平郷

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昼を少し回った所で、時間があったので今は豊田市に属す「松平郷」に向かうことにする。車で小一時間の距離。

家康から数えて8代前、初代親氏(写真3番目)は、徳阿弥と名乗り時宗の僧侶として諸国を行脚し松平郷に入り、松平太郎左衛門家の婿となり家をついだといわれる。

松平太郎左衛門家は江戸時代には440石の旗本として大名ではないが、大名と同じ家格を持ち江戸参府が出来たという。嘗て小生の会社に勤めていた「松平英男」氏が日経の文化面にも同様のことを掲載されていた。

駐車場に車を止め「松平東照宮」(写真1)、家康産湯の井戸(写真2)「松平郷館」を見学。山手に向かい松平家菩提寺「高月院」で松平家墓所で親氏らをお参り。ここは松平太郎左衛門け墓所(写真4)とは異なる。もう少し山を登り太郎左衛門家墓所にもお参りする。もっと登った所に展望台があり、御嶽さん、鈴鹿連峰まで見渡せる。

当地については別のところで改めて触れてみたい。

朝になったので出勤。

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八丁味噌の郷

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岡崎名物「八丁味噌」を紹介する「八丁味噌の郷」へ。宮崎あおい主演のNHKドラマ「純情キラリ」のロケ地としても有名。ところで宮崎あおいの「あおい」は「葵の御紋」から?とふと思う。調べてみよう。

八丁とは岡崎城から八丁(約870m)の地で造られていたことに由来するらしい。八丁味噌を製造するのはここを運営する「カクキュー」と「まるや八丁みそ」の2社のみ。

10時半の見学に間にあったので約30分の見学会に参加。製造蔵などを見学。今でも直径約18センチの杉樽に2トンの石をのせ2年掛けて作っているとの事。見学の仕上げは八丁味噌と、赤だしの味比べとこんにゃくの田楽。アンケートに答えて赤だしのお土産。丁度11時開店の併設の食堂で味噌煮込みうどん(650円)で昼食。併設のショップで味噌煮込みラーメン、うどん、どて焼等を美女へお土産。(食品ばかりで生活感がある)どて焼はフランスパンとともにワインのお伴。

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三河散策2(2011.3.27)

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8時にホテルを出発。拝観時間のない「伊賀八幡宮(国宝)」へ。こちらは徳川家康を祭神とする松平家・徳川家累代の祈願所。三重県伊賀より移され三代家光により整備された由。「大樹寺(国重文)」は伊賀八幡宮より5年後に建立された松平家・徳川家の氏寺・菩提寺として有名。

岡崎公園(日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選、日本のさくら名所100選…これも役所の縦割り?調べてみよう)に向かう。例年ならちらほらしている桜も震災を気に掛けてか蕾は固い。「三河武士武士のやかた家康館」を尋ねるが非常に分かりやすい展示と説明で満足。徳川家康公遺訓が裏面に入った葵の御紋の文鎮を購入。(950円)年取っていくとこういうのが良くなる?

園内の能楽堂、からくり時計を観て「岡崎城」へ。言わずと知れた徳川家康の生誕の地である。

起源は15世紀前半にさかのぼり明大寺の地に西郷頼嗣によって築城されたのが始まりで家康の祖父松平清康が現在の地に移して以来、岡崎城と称するになった由。家康が浜松に本拠地を移した後、嫡男信康を城主とし自刃後城代を置いた後秀吉の家臣田中吉政が城主となるが家康開幕ごは「神君出生の城」として神聖化され本多、水野(康重系)、松平(松井)、本多(忠勝系)等家格の高い譜代が城主となった。石高は5万石前後だが誉は高い。明治に多くは取り壊されたが、昭和34年、市民の思い強く、天守閣が復元された。(パンフレット引用)

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2011年3月27日 (日)

颯々(そうそう)

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岡崎にホテルを予約。新しいホテルでナビで検索できない。市役所の付近をぐるぐる。結局、今日予定した岡崎観光はお預け。ホテルのフロントの美女に蛇の目ずしは旨いかと聞くと知らないという。グルメマップを渡される。蛇の目ずしはすぐ見つかるが、雰囲気が・・・。幸い近くに美女お勧めの「颯々(そうそう)」が。予約してないがと尋ねると8時までならとの事。まだ5時過ぎ。十分。豆腐を開店の5時に合わせ製造してもらい仕入れているとの事で豆腐料理が多い。「豆冨」 と言う字をあてている。先ずはビールで「生桜エビ」「鯛造り」「生桜エビの掻揚」でスタート。国産の白ワイン500MLを注文。500mlとはハーフでは不足、フルでは重く丁度いい。豆冨料理は「山芋山葵豆冨」、「豆冨モロミ味噌漬」。7000円足らずのお勘定。結構繁盛している。

昨夜は美女と近鉄難波で買った「世界の山ちゃんの手羽」を食べてが岡崎にも支店がありお土産一人前を買いホテルでビールと一緒に。昨日のとは違い香辛料がそれ程辛くない。

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三河散策(2011.3.26)

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予てより予定していた三河へ。西名阪、東名阪は雪が舞い薄化粧。伊勢湾湾岸は強風で車が揺れる。まずは伊良湖岬へ。白波がたち荒れ模様。菜の花まつりも震災の影響でライトアップは中止。ライトアップ流行りだが花は陽の下でが一番いい。

豊川稲荷へ。稲荷だから神社?実は真言宗のお寺らしい。門前には稲荷ずし、豊川鰻のお店が。

昼食は菜の花祭の会場にあった菜の花コロッケとケーキで我慢。

美女には今日帰れずお稲荷さんのお土産は無いとメール。許してもらう。

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2011年3月18日 (金)

東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば(平成23年3月16日)

この度の東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり,被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し,犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また,現在,原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ,関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。

現在,国を挙げての救援活動が進められていますが,厳しい寒さの中で,多くの人々が,食糧,飲料水,燃料などの不足により,極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより,被災者の状況が少しでも好転し,人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして,何にも増して,この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。

自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々,諸外国から救援のために来日した人々,国内の様々な救援組織に属する人々が,余震の続く危険な状況の中で,日夜救援活動を進めている努力に感謝し,その労を深くねぎらいたく思います。

今回,世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き,その多くに各国国民の気持ちが被災者と共にあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。

海外においては,この深い悲しみの中で,日本人が,取り乱すことなく助け合い,秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え,いたわり合って,この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。

被災者のこれからの苦難の日々を,私たち皆が,様々な形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく,からだ

を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう,また,国民一人びとりが,被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ,被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。

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2011年3月17日 (木)

エコポイントを被災地へ

エコポイントを被災地へ届けよう。

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2011年3月 7日 (月)

白浜・田辺散策(2011.3.5-6)

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幹事長からTTPの勉強会で白浜のクアハウスへ呼び出し。

勉強会の前に「南方熊楠記念館」を見学。屋上からの展望が素晴らしい。(写真2)

勉強会を終えると「クエ」のフルコース。写真の鍋、お造りに天麩羅、茶碗蒸しが付く。

仕上げは1994年の貴腐ワイン「蒼穹の雫」。液だれはしていたものの黄金色で 上品な甘さ。

翌日は幹事長と別れ、田辺市内を散策。小栗半眼伝説の「救馬渓観音」弁慶にまつわる「闘鶏神社」、熊楠の眠る聖徳太子が創建した「高山寺」を見学。

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